赤いシクラメンの花 　 　　　　　いわさき　ちひろ

赤いシクラメンの花は
去年もおととしもその前の年も
冬の私の仕事場の紅一点
ひとつひとついつとはなしにひらいては
仕事中のわたしとひとみをかわす

去年もおととしもその前の年も
ベトナムのこどもの頭の上に
爆弾はふった

赤いシクラメンの
その透き通った花びらのなかから
死んでいったその子たちの
ひとみがささやく
　　　あたしたちの一生は
　　　ずーっと戦争の中だけだったのよ




　　　　　　〜いわさきちひろ｢戦火のなかの子どもたち｣(岩崎書店)より〜

【MEMO】画家、いわさきちひろの詩です。シクラメンの赤い花の輝きに、ベトナム戦争で死んでいく子どもだちを見る視線は強いです。ベトナム戦争は1960年代初頭から1975年まで続き、アメリカ兵の戦死者は約５万８千人であるのに対し、ベトナム人の死者は約300万人だそうです。いわさきちひろは1918年(大正７年)に生まれ､1931年の満州事変当時13歳､日中戦争が始まった1937年には19歳､日本が降伏し太平洋戦争が終わった1945年は27歳でした。亡くなる１年前、彼女は1973年(昭和48年)に絵本｢戦火の中の子どもたち｣を出しています。その本のあとがきも引用させていただきます。｢･･･戦場にいかなくても､戦火のなかでこどもたちがどうしているのか､どうなっているのかよくわかるのです｡子どもはそのあどけない瞳やくちびるやその心までが世界じゅうみんなおんなじだからなんです。そういうことは、わたしがこどものための絵本を作っている絵描きだから、よけいわかるのでしょうか｣
　｢赤いシクラメンの花」は、川崎洋編｢あなたにおくる世界の名詩９　戦争と人間｣(岩崎書店)、.ちひろ美術館編｢ちひろの詩」(童心社)にも掲載されています。



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